雑記 スポーツ

高校球児に教えられたこと(甲子園決勝、前橋育英-延岡学園を観て)

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今年の甲子園も盛り上がりましたね。
個人的には初戦で浦和学院に勝った仙台育英がいくと思ったんですが、
まさか、初出場の前橋育英が優勝するとは!
平日に行われた決勝戦も、会社の昼休憩に観戦しましたが、引きしまったいい試合でした。
今回はそんな高校球児たちに教えられたことを。
koshien2013final
出典:Number Web
 

 

ハイレベルな攻防の中に見えたフェアプレー

全国大会、ましてやその決勝戦ですからとても締まった攻防でした。
延岡学園が3点を先制した時は、高橋投手もさすがに疲れが溜まってるんだろうなと思いましたが、そこから逆転するところに前橋育英の底力を感じました。
 
前橋育英の記事を読んだのは、試合の翌日でした。
前橋育英と延岡学園の美しき決勝。両校が見せたクリーンファイトの爽快
 
この記事では、テレビを通しては知り得なかった両校の姿勢を知ることができました。

凡事徹底
なんでもないような当たり前のことを徹底的に行うこと

実はこの言葉、僕が高校球児時代にも監督から教えられていた言葉です。
前橋育英の荒井監督も言っていますが、凡事徹底は野球のプレーにおいても大切なことですが、日常生活においても同じように大事であると僕も教わりました。
そして、日常生活でのその姿勢が野球のプレーにも出るということです。
“グラウンドは生活の鏡”ともよく言われましたが、これは、本当にそう感じました。

 

忙しいからといって凡事を疎かにしてはいけない

前橋育英高校
出典:Number Web
 
上の記事で荒井監督は、
「疲れていることと、気付くことは切り離して考えています。」
と仰っています。
 
これを読んで、ハッとしました。
 
凡事徹底は仕事においても大事なことです。
最近、これができてないなと思い当たる節がありました。
 
僕が勤務する会社では社員が外出する時また外出から戻ってきた時に「行ってきます」「ただいま」と言います。
それを受けた社内のメンバーは「行ってらっしゃい」「おかえりなさい」と返します。
これ、とても好きな文化なんです。
僕の席は出入り口に近いこともあって、外出する同僚の挨拶を近い位置で受けます。
 
先日、僕は「行ってきます」という声に返すことができませんでした。
その時、〆切が近付いていた作業に追われていて余裕がなかったことを覚えています。
でも、「行ってきます」という声は聞こえてました。聞こえてたのに返さなかったのです。
頭の中で“今は忙しいから”という正当化を図っていました。
荒井監督の言葉を借りて言えば、忙しいことと気付くことを切り離して考えられていませんでした。
思い返すとカッコ悪いなと思いました。
 
かたや球児たちは体感温度40℃の中で、チームが劣勢でも自身が不調でもキャッチャーマスクやバットを拾い上げていたわけで。
かがんで拾い上げるという行為が地味にしんどいわけで。(経験談)
その行為が勝敗に影響することはないわけで。
それに比べればオフィスで一言返すことのどれだけたやすいことか。
カッコ悪かったです。

 

結局自分は騙せないし、その状態は気持ち悪い

凡事と呼ばれることは、たいていどんなときでもできることです。
それができないときはよほどの緊急事態かそれを怠ったときです。
大概の場合は後者だと思います。
できたことを怠ってできなかったときのショックってけっこう大きいと思います。
そのダメージから自分を守るために人は「忙しい」という魔法の言葉を使ってしまいます。
 
でもその効果は一時的です。結局気持ち悪さは残ります。
それが残らなくなったとき、それは本当に心が亡くなった状態なのかもしれません。
そんな想いをしたくなければ、やはり凡事を徹底するしかないんだと思います。
 
10歳以上も年下の高校生たちに改めてそんなことを教えられた気がしました。
 
 

おしまい

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